KNOWLEDGEナレッジ

日本史と性生活

日本史と性生活

ここ数年、「夫婦のセックスレス」が社会問題といっても過言ではないほどに注目されている日本。日本人はもともとセックスに対して淡泊な民族だったのだろうか?
歴史を紐解くことで疑問を探ってみよう。

 

戦国時代

 

合戦の前はセックス禁止!?

 

全国各地で激しい合戦が幾度となく行われていた戦国時代。戦国時代にはなんと合戦が始まるまでの数日前からは、女性と関係を持ってはいけないという掟があった。これは、大事な合戦の前に体力を消耗してしまうからという理由かと思いきや、実はそうではない。当時は女性が穢れたものであるという迷信があり、縁起を担いで関わりを避けていた。命のやりとりの場に身を置く武将たちは、とにかく縁起には強くこだわっていたようだ。

 

 

戦国時代も性感染症が大流行

 

戦国時代に深刻な問題だったのが、梅毒の大流行。梅毒は日本だけではなく、世界的に蔓延して人々を恐怖に陥れていた性感染症だったのだ。豊臣秀吉や加藤清正など有名武将もこの梅毒が原因で死亡したのではないかと推測されている。

 

ちなみに梅毒の治療に効果のある抗生物質の「ペニシリン」が発見されたのは1929年。医学の発達していない戦国時代では、こういった性感染症はもちろん、病気に罹ればすなわち“死”に直面するという厳しい現実とも戦わなければならなかったのだ。

 

 

予防の達人!?徳川家康

 

さて、長きにわたる群雄割拠の戦国時代に終止符を打ち、江戸幕府を開いたのが、ご存知徳川家康。
家康は、病気に対する予防意識も人並み以上に高かった。戦国の勝者と言える家康だが、病気に対する予防意識も人並み以上に高かった。梅毒に対しても、性交渉から感染することを正しく理解していて、むやみなセックスは控えていたそう。

 

また、天下人となってからも贅沢な食事はとらずに、質素な献立を好んだ。さらには、自分の体調に合わせて、さまざまな薬を自ら調合していたというから恐れ入る。

 

まさに現代でいうところの“健康オタク”顔負けである。こうした家康の性格こそが、戦国の世を見事生き残ることができた秘訣だったのかもしれない。

 

 

江戸時代

 

国家が「セックスレス」を強制していた!?

 

さて、江戸時代といえば、徳川幕府が政権を握っていた武士の社会。
その幕府が「セックスレス」に関係することとなるような政策を行っていたことをご存じだろうか?それが歴史の授業でも必ず登場する「参勤交代」という制度だ。この参勤交代とは、各藩の大名を1年ごとに領地と江戸に住まわせるというもの。交代の際には、大名とその家臣が一斉に移動しなければならなかった。さらに、大名の妻子は人質として、基本的に江戸の屋敷に住む必要があった。これではなかなか夫婦一緒の時間を持つことは難しい。つまり江戸時代の武士は政治的な理由によって、なかば強制的にセックスレス状態にならざるを得なかったのだ。

 

 

庶民は「セックスレス」とは無縁!?

 

一方、庶民の性生活はというと、武士と比べておおらかなものだった。夫婦円満が理想とされ、セックスについても自由な風潮があり、「セックスレス」とは無縁な環境が整っていたようだ。ちなみに、この時代には男女の交わりを描いた「浮世絵」が大流行し、各家庭では性教育の一環として嫁入りする娘に持たせたという話も残されている。ただし、いくら自由な風潮といっても“不貞”(不倫などの行為)が許されるほど風紀が乱れていたわけではない。特に既婚女性の不貞はご法度。「不義密通」と呼ばれ、見つかると死罪(死刑)になるほど厳しい処分が下されていた。また、江戸時代は人口比でみると男性の割合がかなり高かったため、男性にとっては「セックスレス」以前に結婚をすることのほうが重大なテーマとなっていたようだ。

※これらは、記者が噂で聞いた都市伝説的なお話であります。信じるかどうかはあなた次第。

 

 

(番外編)アメリカ史におけるコンドーム史上最大の敵!?カムストック とは?

 

コンドームが避妊対策や性感染症防止に優れたツールであることは、今日では世界の常識になっていると言っても過言ではない。しかし、歴史上にはコンドームを“悪”と捉え、徹底的に否定した人物もいたのだ。それがアメリカの政治活動家アンソニー・カムストックという男だ。

 

このカムストックが生きたのはアメリカが激動を迎えていた時代。史上に名高い南北戦争(1861年~1865年)が起こり、世界最大の国アメリカがいよいよ誕生し始める頃だった。そんな混沌としたアメリカで、カムストックは兵士を経た後にニューヨークへやってきた。

 

この時代のニューヨークは今では想像もできないほど治安は乱れ、堕落に満ちた街だった。
2002年にレオナルド・ディカプリオ主演で公開された映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」を観たことがあるだろうか?この作品はまさに当時のニューヨークが舞台となっている。とにかく、生まれつき人一倍正義感と道徳心の強かったカムストックは、そんな腐りきった街の様子に憤った。

 

特に彼が許せなかったのはセックス産業。公然と行われる売春やポルノ。そしてセックスで使用するコンドームの販売さえも、彼にとっては罪に等しい行いだった。

 

そこで、彼は驚くことに独自でそういった風紀を乱すと考える人々を取り締まり始めたのだ。このあまりにも積極的な個人活動は、裕福な実業家達の目にも留まることとなる。カムストックは折しも彼らが設立した団体「ニューヨーク罪悪撲滅委員会(NYCSV)」の事務局長に招かれたのだ。

 

権力を後ろ盾に得たカムストックの活動はさらに激しさを増す。遂には議会に圧力をかけ、猥褻な郵便物を禁止する法律をも成立させた。これが通称「カムストック法」だ。

 

もちろんコンドームもこの法律で処罰される対象。街では製造や使用に関わった人々が次々と逮捕され、1900年までに押収されたコンドームはなんと6万点以上にも及んだ。

 

こうしてカムストックの希望は満たされたかのように思われるが、後年彼の思想並びに「カムストック法」は、アメリカに大きな痛手を負わせることとなる。性について公に議論することがためらわれることで、多くの人が性についての正しい知識が得られなかったということ。19世紀後半に大流行した性感染症も、コンドームが予防になることが広く知られていれば、被害は大幅に減っていたはずだ。

関連記事

タグ